「子どもたちの“生きる”を支える」を軸にして

代表・名取美和さんが語る
バーンロムサイの歩みとこれから

「子どもたちの自立を支援し、形を変えていく」

代表を務める名取美和さん。パワフルな行動力と柔軟さを合わせ持つ素敵な女性

1946年生まれ。16歳でドイツに渡り、商業デザインを学ぶ。1970年以降、CM撮影のコーディネーター、通訳、カメラマン、西洋骨董店の経営、雑貨のデザイン等に携わり暮らす中、1997年にタイを訪れた時、HIV感染者と初めて出会い、それが縁で 1999年に「バーンロムサイ」を立ち上げる。

 

 HIVは現在、昔よりはるかに感染率も発症率も低くなりました。けれど一度HIVに感染したら、その発症を抑えるために一生、毎日薬を飲み続けなければいけないことを知っていましたか? バーンロムサイで生活する子どもたちのひとり当たりの薬代は、月に7,000Bから2万4,000B。そんなHIVがタイで瞬く間に広まった1980年代後半。その後に設立されたのが、バーンロムサイでした。代表を務める名取美和さんは、当時のことをこう話します。

「たまたまジョルジオ アルマーニ ジャパンの方と話をする機会があって、『自分たちの資金を社会のために役立てたい』と彼らは言っていたんです。私はそれ以前にタイで出会ったHIV患者のことが心に残っていて。両親がHIVで亡くなり、孤児になるタイの子どもたちが急増していたので、子どもたちを支援する施設があったらいいんじゃないか、と伝えたら、いつのまにか代表を務めることになっていました」

 

「子どもたちの自立を支援し、形を変えていく」

「GIORGIO ARMANI」の名前が記されている建物は、バーンロムサイで一番初めに建てられた施設。昔は子どもたちがここで寝泊まりしていたが、今は縫製場として使われている

 

「子どもたちの自立を支援し、形を変えていく」

縫製場の様子

 

 バーンロムサイ開設から3年間で、10人の子どもたちがHIVで命を落としました。けれどその翌年からは新薬のおかげもあり、ひとりの命も失くしていません。

「子どもたちの自立を支援し、形を変えていく」

 

子どもたちの命を救うことで必死だった最初の3年。そこから、子どもたちの自立を支える次のステップが始まりました。

「子どもたちの自立を支援し、形を変えていく」

 

「タイの法律上、子どもたちは18歳になったらバーンロムサイを出て行かなければいけません。その時に子どもたちが自立できるよう、ここにいる間にさまざまな経験をさせてあげたいと考えています。今までに、絵画や陶芸、音楽、ダンス、料理などいろいろな特技を持った方がボランティアで来てくれました。それに刺激を受けてダンスの先生を目指している子もいます。また施設内にある縫製場やゲストハウス、大工のスタッフとして働き始めた子どもたちもいます。初めから、子どもたちの働ける場所になればいいなと縫製場やゲストハウスを始めたので、とてもうれしいことです」

「子どもたちの自立を支援し、形を変えていく」

宿泊施設「ホシハナビレッジ」内にあるプロダクツショップ「hoshihana shop」

 

「子どもたちの自立を支援し、形を変えていく」

「子どもたちの自立を支援し、形を変えていく」

肌触りのいい衣類や魅力的な雑貨などのアイテムが並ぶ

 

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 バーンロムサイとは、タイ語で「ガジュマルの木の下の家」。今、それぞれに生まれたアイディアが大きなサイクルとなり、バーンロムサイの活動は形を変えてどんどん広がっています。「子どもたちを助けたい」という太く逞しい幹とともに。

 

「子どもたちの自立を支援し、形を変えていく」

スタッフと談笑する美和さん

「今まで通りにやろうと思わず、変わっていっていいと思うんです。ただ、そこには『子どもたちの支援をしたい』という太い軸があってこそ、いろいろできると思うんですよね。それを持ちながら、クリエイティブなことをもっと始めていきたいですね」

※バーンロムサイの紹介ページは、こちら

 

(取材・文:山形美郷)

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